
コプラスの説明書の最後には奥付があります。「ゲームデザイン:かぶけん」「イラストレーション:金子裕司」と、ここまではいいでしょう。そしてよくわからないのが「プロデュース:円卓P」という表記。
プロデュース、ってなんじゃらほい? ゲームをデザインするのでもなく、イラストを描くのでもなく。プロデュースなる役割を担っているこの人は、このゲームで一体どんな仕事をしているのかしら。
ということを今日はつらつらと書いてみようと思います。
実は最初にかぶけんさんが書いた奥付では、ぼくの肩書は「編集:円卓P」と書かれていました。それをぼくがお願いして「プロデュース:円卓P」に変えて貰った経緯があります。なので、このプロデュースという役割は、なんとなく、ではなく、それよりはもう少し恣意的な力が篭っています。
「編集」だと、なんとなく説明書の体裁を整えた人、というイメージで見られるかな、と思ったりして。それよりはもうちょっとディープにぼくはこのゲームに関わっているんです。
ゲームルールが実際にモノとして製造されてプレイヤーの手元に届くまで実はたくさんの工程が挟まれています。今度のゲムマ秋に初出展する知り合いが「ルールはスッと作れたんですが、それ以外にやらなきゃならないことが凄く多かったです」と話してくれたのがちょっと印象的で、そう、実際にゲーム作りに取り組んでみると、越えなきゃいけないハードルの数にクラクラするほどで、これは予想以上に大変だったりするんです。
多くのハードルを目の前にしてプロデュースする人、プロデューサーは何をするのでしょうか。まず取りかかるのは何よりも予算を組むことです。ざっくり言えばプレイヤーの手元に届けるにはどれだけのお金が必要か。そしてどれだけお金を儲けたいのかを考えます。
もう少し内容を切り分ければ大まかに、コンポーネントにかける予算、イラストにかける予算、ロイヤリティにかける予算、そして最後にゲームの値段を検討します。ゲームの値段をこれくらいかなー、と見積もって、そこから各所に予算を振り分ける場合もあります。コプラスは前者、娘は誰にもやらんは後者でした。
ロイヤリティはちょっと聞き慣れない言葉かもしれません。要するにこれは出版社が作者に対して支払う印税のことです。アートワークを担当した人への支払いも支払い方によってロイヤリティと呼ぶことはありますが、ここでは特にゲームルールを作ったゲームデザイナーへの報酬を指します。
出版社と作者という言葉を使いましたが、コプラスの製作は、出版社(パブリッシャー)とゲームデザイナーが同じ人ではありません。ドラゴンボールの作者は鳥山明ですが、出版社は集英社、という構造に似ていて、ドラゴンボールで例えれば、ぼくの役割は編集者のマシリトだったり、実際にお金を出す集英社だったり、書店に営業をかける営業員だったりします。早い話がゲームデザイン以外の雑用の殆どをぼくがやっています。まあ、プロデュースとかちょっとカッコつけてますが、役割としては雑用なんです。膨大な雑用です。
雑用の中身には他にどんなことがあるでしょうか。例えば印刷所の手配、コンポーネントの選択、設計、デザインなどもぼくの仕事の範疇に入ってきます。そもそもコプラスがなぜこのような集団製作の体制で世に送り出されたかと言いますと、コプラスがかぶけんさん一人の手には負えないほど金食い虫なゲームだったからです。
かぶけんさんの試算では最初の試作のコプラスの製造費は20000円に達したそうです。ゲーム1個で20000円です。製造費だけで20000円です。そんなゲームを百個単位で作るのは骨が折れますし、利益を乗せた金額で買ってくれる人を見つけるのはさらに大変でしょう。
なので、かぶけんさんにはコプラスを「制作」することはできても「製造」する方法が見つけられなかったんですね。そこで「制作」の先の役割を請け負ったのがぼくということになります。
だから、プロデューサーの役割はゲームデザイナーが「制作」したモノを「製造」に、さらにその先の「販売」まで繋げることと言えるかもしれません。なので、ぼくに与えられた最初にして最大の課題はコプラスの製造コストをなるべく抑えて、販売までの道のりをどう均していくかということになります。結構大変な話です。
難しい課題ではありますが、ゲームデザイナーの人にはできないことをやってみせることがプロデューサーの存在意義でもあります。当たり前の話ですがゲームデザイナーの人が自分で全部こなせるならぼくが出しゃばる必要はないわけです。実際、多くの同人ゲームデザイナーの人はそうやっているんですし。
でも、出版までの道のりが遠くてもどうしても世に出したいゲームがある、という局面も時にはあります。コプラスはかぶけんさんにとってそういうゲームでした。なので必要に迫られて「代打、円卓P」とコールされた感じです。これは割と特殊な例かもしれません。
それで、具体的にこの製造費をどう圧縮するのか、という話ですがアプローチは色々とあって、まずは素材を見直しました。試作版のコプラスはコンポーネントは全てアクリル板で制作されていたんですが、これを単価の安い紙タイルに置き換えることを考えました。目玉の凹+のアクリルタイルですら紙タイルにできないか検討したこともあります。まあ、皆さんも知っている通り、凹+タイルは最後までアクリルで残ったんですが、それ以外は全部紙タイルに変わりました。
ここでは本質的に必要なものだけを残して、それほど必要ではないものを取り替えたということになります。とは言え、全部を取り替えてはいけません。芯を失っては意味がありません。失われる価値と得られる価値を比較して、よりコストパフォーマンスの高い方向へと舵取りする必要があります。まあ、コプラスは芯が明らかなゲームなだけにこの取捨選択はさほど難しいことではなかったんですが、このゲームの芯はなんだろう、ということをゲームデザイナーさんとはよく話し合います。
基本的にこっちからの「ここをこう変更しませんか?」という提案は「えーっ?」て感じで嫌がられることが多いです。これは当たり前の話で、見えている完成形を崩されるのはやっぱりいい気がしないものです。仮にぼくが他の人にゲームをいじられたとしても同じように思うでしょう。仕様の変更にはそこに納得できる理由が必要になるのです。
あと、役柄上、基本的にコストを切り詰める方向の提案が多いので、拒否感が強いのも当然かなと思います。同じ変更にしても豪華な向きへの提案は納得して貰いやすいのです。
で、ぼくは割と意志が弱いので「えーっ? それは変更する必要なくない?」と返されると「うーん、そうかなあ? そうかもなあ」と思ったりもします。「これはこうします! はい決定!」という感じでガンガン決めていくタイプではないです。とは言え、ぼくも仕様変更を切り出すのはそれなりの根拠があってのことなので、その辺は納得いくまで話し合います。
あと、そういう拒否反応が出るのは実は正解への近道だったりします。それはぼくがその仕様の魅力を見間違えているか、それともゲームデザイナーが魅力の見積もりを間違えているか、必ずどっちかだからです。前者なら魅力がもっと伝わるように手段を考えますし、後者なら別案を検討したり優先順位を改めたりします。どちらにしても拒否反応はヒントになりえます。拒否反応がない部分はゲームデザイナーにとって「どちらでもよくて実は迷っていたんだよね」みたいなことだったりすることも多いです。
他に製造費の圧縮に大きく貢献したのはコプラスのボードタイルを固定するフレームの自家制作です。試作版ではアクリル板を切り出して作っていたこのフレームは、コストで言えば凹+タイルと同じくらいのコストがかかりました。ですが製品版では3Dプリンターで専用のパーツを出力してコストを低減しています。こうした専用のパーツを業者に依頼するとどうしても高くつくので、自前で製造することは早い段階から計画にありました。ちなみにパーツの設計から出力まで全部ぼくがやっています。プロデューサーとは……?
素材の選択だけでなく、加工についても色々と工夫はあります。大雑把に言えば印刷所の選択だとか、紙のサイズと厚みと加工とかです。まあ、この辺は企業秘密なので端折りますが、この辺の工夫がないと現行価格で販売することはできなかったでしょうね。
コストを圧縮する傍らで、逆行するようにアートワークには試作版以上の予算を組みました。これはぼくがノンテーマのアブストラクトにさほど興味を惹かれないことが理由としては大きいです。試作版のネオンは物語性の薄いシンプルなゲームでしたが、製品版のコプラスでは宇宙テーマを載せました。
イラストをかぼへるの金子さんにお願いしたのは前々から一つの企画に一緒に取り組んでみたいという考えがあったからです。色々な人にアートワークをお願いしたいとぼくは常々思っているんですが、自分で作るゲームがお願いしたい人のアートワークと必ずしも相性がいいとは限りません。なのでこういう機会はぼくにとっても渡りに船というか、自分の趣味を果たせる絶好の口実を与えてくれる機会でもあったのです。実際、金子さんのイラストはコプラスの魅力の幅を大いに広げてくれました。テーマを載せたことで元々のネオンが好きだった人には怒られるんじゃないかと思っていましたが、蓋を開けてみたら評判がよくてホッとしました。
そんな感じでコストの話ばっかりしていますが、プロデュースの大抵の仕事がそこです。やはりゲーム作りの障害として予算組みが立ちはだかることは多くて、そのこんがらがった糸を解きほぐして改めて編み上げるのはゲームデザインとはまた別の頭の使い方をする必要があります。
これは人によって得手不得手が分かれる分野ではないかと思います。幸いにしてぼくは割とこの辺が苦にならない性格らしいです。
あとは細々とした雑用、例えばパッケージデザインの詰めとか、ボードタイルの背景のデザインとか、印刷されたボードタイルの丁合いとか箱詰めとか、在庫の管理とか、荷物の発送とか、ショップさんとの交渉とか、不足物の送付とか、ルール改定のお知らせとか、その辺もぼくがやっています。

ボードタイルの背景のデザイン、こんなのをたくさん作っているんですが地味なのであまり着目されていない部分です。このボードタイルの色味とアクリルタイルの色味を調和させるのに物凄く苦労しました。ちなみにボードタイルの丁合いはどれも似たような図柄なので地味に判別が難しくて難易度が高いです。
もう一つ大きな仕事として説明書の修正というか編集がありました。かぶけんさんがザーッと書き出したルールを色々と整えたり例を加えたりして説明書の形に仕上げるのです。かぶけんさんはこれまで何作もゲームを作っている人なので説明書作りで苦労することはないじゃろう……と思っていたんですが、実際は結構な量の記述をこちらで書き直しました。この辺は実際に自分でゲームを作った時にノウハウが生きています。
ゲーム作りに慣れているかぶけんさんですらそうなので、初めてゲームを作る人は絶対に他人にルールを読んで貰ったほうがいいでしょう。これはホントですよ。
説明書に関しては発売後も曖昧な記述を見直したり、書き直したり、説明を補強したりと増改築を重ねました。実際に遊んで貰うと作る人にとっては「当然でしょ」と思っている部分がプレイヤーにとっては当然じゃなかったりします。説明書作りはそういう自他の理解の溝を埋めていく作業とも言えましょう。そしてこういう仕事は一歩離れてゲームを俯瞰できる立場の方が適任だったりします。
そんなこんなでコプラスは完成して、4500円という価格で皆様のお手元に届けることができて、あー、よかったよかった、となっています。秋ゲムマでも引き続きコプラスを出展しますので、よかったらC087-088/蒼猫の巣出張所まで見に来てください(ダイレクトマーケティング)。
今回、こうした文章を書き出してみたのは、自分のやってることがなんなのか、傍目からはわかりにくいかなーと思ったからです。今回のコプラスのような感じでゲームデザイナーさんが製造について困ってるのを見かけると、ぼくは「まあ、ちょっと話を聞かせてよ」と身を乗り出すのですが、基本的にはなんかビビられている気がします。コワクナイヨー。
人に話してみて自分が抱えている課題の本当の問題点はなんだったのかが初めてわかることもよくあるので、問題を咀嚼して自分の言葉で吐き出してみることは意外と大事です。これを面倒だなーと思っているといつまでも事態は進まないというか、ぼくの見た感じ、そこで立ち往生する人が多いようにも見受けられます。まあ、「進まないならしゃーないか」で終わる話ならそれでもいいんですけども。
ぼくはその手の課題はリソースマネジメントのゲームみたいなものだと思っているのでそういう話を聞くのは大好きです。なので何か困っていることがあったら声をかけてくれないかなーと思ってますし、逆にこっちから声をかけた時も気楽に応じてくれないかなーと思っています。
お金の絡む話に発展する都合上、身構えてしまう方が多いんですが、話だけする分にはタダです。話だけする分にはタダ。これ大事です。
その上でぼくがお金出せるよー、という話になったら、それはリスクを負うだけの価値があると見たからなので、「ふふふ、当然であろう」みたいな感じで鷹揚に構えて貰っていいのではないかなと思います。「えっ! そんな私ごときのゲームを! そんな恐れ多い!」みたいな方が結構多いのです。かぶけんさんもそんなでした。
まあ、自分でなんもかも済ませるのと比べると、他人が絡むのは面倒なのは否めないのでベストの手法ではないんですが、ベターな手法である可能性はあります。課題を解決するためになんぞいい方法はないか、とお考えの方はちょっと数寄ゲームズの名前を思い出して貰えるといいかもしれません。