2018年12月21日

「ペーターと2匹の牧羊犬」におけるディベロップ例

 この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2018 の第21日目の記事として書いたものです。



 「ペーターと2匹の牧羊犬」は、数寄ゲームズというパブリッシャーと同時に、(クレジットには記載がないが)円卓Pというディベロッパーとして関わったゲームでもある。今回はこのゲームにおけるディベロップの実例を紹介したい。
 なお、自分はこれまでディベロップをする側よりされる側の経験の方が多いが、その経験からすると今回の件は一般的な例とはあまり言えない。これだけゲームデザインに密着したデベロッパーとの協業はデザイナーとしての自分には経験がないからだ。
 また、デザイナーの領域に踏み込んでいる箇所が幾つもあるが、それはデザイナーのしぶさんがゲーム制作経験を持たないことが理由の一つとしてある。同じディベロッパーとしての関わりとしてもかぶけんさんデザインの「コプラス」ではもう少し距離を置いた関わり方をしている。

 また、ゲームデザインアドベントカレンダーという企画の趣旨から今回はパブリッシャーとしての性格の強い幾つかの分野については触れない。テーマの選択、コンポーネントの製造、アートワークの発注といった話がそれに当たる。3Dプリンターを用いたコンポーネントの製造は人によっては興味のそそられる分野ではないかと思うが、あくまで今回はルールの改定にディベロッパーとしてどう関わったかを書き連ねていく。


 プロトタイプのルールに近い、ルールのVer.2くらいで初めてドキュメント化したものがこちらである。しぶさんが書いたテキストはざっくりしすぎていて、ゲームルールのテキストの体を成していないのだが、最終的にこれを清書するのも自分の仕事だったりする。
 ゲームの大まかな特徴は以下の通りだ。

・トリックテイキングの結果によって、勝者がコマを獲得し、敗者がマンカラを行う。
・最終的に、ゴール柵にある動物は1個で1点、草地にある動物は1個で-1点。

 現行のルールと大きく異なるのは得点ルールだ。
 総括すれば、ディベロップで最も大きく手を入れたのはこの得点周りのルールだった。トリテとマンカラを組み合わせた前例のないゲームなだけに、どのような得点ルールを用いるのが最適なのか、手探りで検討する必要があったのだ。
 最終的に得点に関係したルールとして、

・草地にいる動物は1個で3点、ゴール柵にいる動物は1個で6点、小屋の中にいる動物は1個で10点。
・得点計算を春と夏の2回行う。
・春と夏の得点の比較によって、ボーナスやペナルティが発生する。
・マンカラの追加行動を3回以上行うとボーナスが発生する。

 と言ったルールの追加を行った。

 当初の得点ルールの最も特徴的なところは、最後のトリックが終わるまで得点の見込みがつかないことだ。マンカラでのコマの動きはダイナミックで、一手によって大きく盤面の状況が変化する。
 デザイナーとしては、そうすることで最後までどちらが勝つかわからないハラハラ感を演出し、終盤の一手でまさかの逆転が発生する…… と言った展開を表現したかったようだが、自分としてはその意図にピンと来るものがなかった。
 あまりにも盤面の動きが大きすぎて終盤以外が無意味なのだ。それでいて12トリックという長丁場。前半の積み重ねに手応えがない。

 その後も何度か得点ルールの大規模な改修を行ったが、デザイナーが考案した得点ルールは常に「最後まで勝敗がわからない」性質を帯びていた。これは途中で勝敗が決まってしまうことへの過度の恐れがデザイナーにあったのだと思う。
 結果としてゲームは曖昧模糊とした、一手の評価の不透明なゲームであり続けた。〆切の差し迫った10月のテストプレイでの「ルールはわかるがどうしたら勝てるかわからない」というテストプレイヤーの言葉がそれを物語っていた。

 ちなみに自分にとって、この感想は恐怖以外の何物でもなかったが、デザイナーが同じ危機感を抱いていたかと言えば、それは少し怪しい。
 というのは、やはり自分には何度かゲームを世に送り出してきた経験があって、自信を持って送り出したゲームが「なんだかよくわからない」と言われる悔しさだったり恥ずかしさだったり、そういうものを経験していることが大きい。
 出版してから改善策を思いついてもそれは遅きに失しているのだ。そして出版前の改善は他の何を犠牲にしてでも取り組む価値がある。

 さて、先程のテストプレイヤーの一言でようやく課題が明瞭にはなった。このゲームをもっとわかりやすくしなければならないのだ。
 わかりやすくする、とは、つまり、プレイヤーの打った一手をもっと明確に評価してあげなければならないということだ。プレイヤーの好手を褒めてあげなければならないということだ。
 開発の終盤で自分が特に言葉を強くしたのは、こうしたプレイヤーへの報酬体系を強化することである。

 結果として取り入れたルールの数々は先述の通りだ。それぞれのルールの意図について説明する。

・草地にいる動物は1個で3点、ゴール柵にいる動物は1個で6点、小屋の中にいる動物は1個で10点。

 とにかく簡潔な得点体系。たくさんの動物を集めると高得点というのはゲームのテーマにもマッチする。盤面から優勢劣勢の具合も一目でわかる。
 別種の動物、あるいは一種類の動物を集めることで発生するセットコレクション要素を検討した時期もあったが、マンカラの際のダウンタイムの懸念から採用はしなかった。

・得点計算を春と夏の2回行う。

 「スカルキング」のように、得点計算を複数回行うことで、序盤をチュートリアルとして利用しようという考え。得点計算の回数が増えるとそれだけ記録に時間を割かれるので結局は2回に落ち着いた。
 また、11回のトリックで勝負をするのではなく、5回のトリック + 6回のトリックで勝負をするという風にゲームを分割したことで、限られた残りトリック数で何ができるかを考えやすく、ゲームプランが明瞭になった。ゲーム終盤の「寄せ」には妙味があるものの、序盤にはあまり手応えが生まれないところから、「寄せ」の回数を増やすことでゲームの密度を上げる試みでもある。

・春と夏の得点の比較によって、ボーナスやペナルティが発生する。

 2回の得点計算に分けることにゲーム的な妙味を与えるためのひねり。もちろん引用元はスヴェンソン&オストビーの紙ペンゲーム「アベニュー」だが、これ自体がリスクとリターンの効用を持つすぐれた得点メカニクスである。
 春の得点の2倍の得点を夏に稼ぐことで春の得点が2倍になる「実はできる子ボーナス」は、この「アベニュー」の仕組みからさらに一歩踏み込んだ形。序盤にさほど得点を稼げなかったプレイヤーにもインセンティブの機会を与える。

・マンカラの追加行動を3回以上行うとボーナスが発生する。

 マンカラを経験しているプレイヤーは連続手番は面白いものと理解しているが、マンカラ未経験のプレイヤーにとってはそうでもない。ましてやマンカラを知っているプレイヤーはトリテを知っているプレイヤーより格段に少ない。ゲーム側から追加行動にインセンティブを与えることで、追加行動を促す狙い。
 追加行動はそれ自体が得点機会を増やす効果なので、そこにさらにボーナス点を付与するのは強力すぎるオプションにも思えるが、それだけにボーナスを獲得する/邪魔する緊張感がゲームに生まれた。
 前述の春に得点を稼ぎすぎるとリスクが高まるルールも相まって仕掛けるタイミングも重要に。

 これらのルールは若干の煩雑さをゲームに与えたが、しかしながら、ルールが煩雑になったとしてもゲームが明瞭になったのであれば、それは必要な煩雑さなのだ。もちろん、簡明なルールを以て明瞭なゲームを形作れればそれが一番いいのだが、〆切が差し迫っていたこの時期にできる最善の手を打ったと思う。
 ルールの最終稿をDTPを担当する別府さんに送付したのは10月16日のこと。「ペーターと2匹の牧羊犬」は、このようにして仕上げられた。



 ディベロップの目的は「ゲームの欠点を潰し、ゲームの魅力を最大化すること」と言える。
 で、ゲームの欠点を潰すことは実はそんなに難しいことではない。ゲームの欠点は誰にでもよく見える。解決は難しいかもしれないが、問題の設定は容易なのだ。
 実は言ってしまえば、この時点ではディベロッパーはさほど必要でもない。欠点の修正はデザイナー個人でも対応できる。

 そうして欠点を潰した結果、ゲームは完璧になる。……と考えがちだが、欠点を潰したゲームがどうなるかというと、欠点がないだけの平坦なゲームになる。ゲームを面白くするには欠点を潰した上でさらに魅力を引き出してやらなければならない。
 デザイナーは自分の製作物を甘く評価しがちで「これで完璧だ」と思った時点が実はスタート地点だったりすることはよくある。そこからもう一歩踏み出すには客観的な視座が必要なのだが、テストプレイヤーの意見は往々にして放埒であることが多い。いや、放埒であり、自由であることが、テストプレイヤーの何よりの価値でもあるのだが。
 だからこそ責任を持った客観的な視座こそがディベロッパーに求められる資質なのだろう。ディベロッパーとはつまり、デザイナーよりも客観的で、テストプレイヤーよりも親身な存在であるべきなのだ。

 今振り返ってみて、自分がディベロッパーとして果たした一番大きな仕事は、デザイナーのゲーム観に対するカウンターパンチを打ち続けたことにあると思う。ただのパンチではなく、相手と呼吸を合わせたカウンターパンチだ。
 自分がデザイナーの場合でも、やはりディベロッパーに求めるのは阿諛追従などでは決してなく、閉塞した状況を打ち砕くためのカウンターパンチだろう。まあ、それを望んでいても中々当たりが出ることはないのだけども……

 また、今回は改定した部分を中心に取り上げたが、デザイナーが最初に提示したトリックテイキング&マンカラという独創的なエンジンのメカニクスは開発を通してほとんど当初の姿そのままだ。ぼくの持論の一つとして「ゲームの両輪はエンジンと得点システム」というものがあるが、当初からエンジンには見るべきものがあり、あとは得点システムの改定を以てこのエンジンの性能を最大限活かせるように調整するのがディベロッパーの役目であったと考えている。
 ついついなんでもかんでもいじりたくなるかもしれないが、見るべき価値のあるものに無駄に手を入れない、そのままを活かす、というのも大事な心構えだと思う。

 今回、しぶさんのゲームのディベロップを引き受けたのは、しぶさんが元々ゲーム仲間だったから、という点もあるが、個人的には優れたアイディアを持て余している人がいるならばディベロップで協力することもやぶさかではないと考えている。
 もし、そんな人がいたら気軽に相談して欲しい。
posted by 円卓P at 23:50| Comment(0) | ゲームデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: