2016年04月28日

夏休み大作戦製作記録 「なんか違う」から生まれた一学期フェイズ


 入稿直前で「プールのコースって左から1,2,3だよな……」と思い至って慌てて修正したプールボード(修正前)

 夏休み大作戦の前半部分、「元気チップ」と「負けん気トラック」で「友達カード」を獲得する一学期フェイズは、このゲームの製作期間の中で最も長く試行錯誤の続いた部分です。でもまあ、現在の形に辿りつけたことでこれで行けるぞという手応えを掴めたので、結果オーライと言いますか、なんとか最後までやり遂げられてよかったな、とハッピーエンドな気分に既に浸っているワケですが、実際に評価を受けるのはこれからなのでまだまだ気の抜けないところではあります。

 さて、「一学期フェイズ」は大きく分けてVer1とVer2がありました。Ver2は今現在皆様にお見せしている現行のシステムですが、Ver1はテーマがまだ定まっていないフォーセール2015時代のシステムで簡単に言えばサンチアゴとグレートジンバブエを組み合わせたようなルールの競りでした。分かる人には「あー」と言って貰えるかと思います。
 このシステムはサクサク進みつつ値付けにも悩めるのでぼく的には結構お気に入りのシステムだったんですが、ゲムマ秋の前日に開催されたイエサブでの前日ゲーム会、蒼猫の巣のメンツが集まる希少な機会にこれを持ちだして試遊してみたところ、賛が1、否が2という雰囲気になったのです。
 これはまあ、前半部分が、という意味ではなくゲーム全体を通してという意味ではあるんですが、概ね前半で醸造された空気はそのまま後半にも持ち越されるもので、前半でコケてから後半で失地挽回とはなかなかいかないものです。まあ、要するにゲーム全体が十分な完成度ではなかったんだな、とぼく自身は結論づけました。
 でまあ、色々な感想が飛び交う中で「なんか違うんだよなあ」という全く具体性に乏しい感想が一つありまして。それがぼく的には物凄く引っかかっていました。
 まあ、これは発言の主に「じゃあ、それはどこがどう違うんだよ」と問うて「これこれこう違うんだよ」という明確な理屈を聞き出せれば話としては一番早いんですが、ぼくの経験上そうした解像度の高い理屈を普通の人から聞き出せた記憶は少ないです。「マズく言ったら作った人に悪い」とか「正しいことを言えるか自信がない」といった感情も邪魔をします。ある種の無責任さが逆に適性になる場だったりもして、ごく常識的なプレイヤーは却って自分の感覚を言葉として出力することができなかったりもします。これはかなり練度の必要な技能だと考えています。
 が、テストプレイヤーにそうした技能を求めるのは、テストプレイのハードル自体を上げてしまって本末転倒になりかねません。であるならば、テストプレイヤーの言葉を「翻訳」するのはゲームを作る側が体得すべき技術ではないか、とぼくは考えます。
 つまり「あの人が本当に言いたかったことはこうじゃないか」と不足部分を忖度するワケです。もちろん、それは当人の言いたかったことを捻じ曲げる誤った解釈ではいけないワケで、精度の高い翻訳をどうやって実現するかはぼくもまだ修行中ではあります。
 で、今回のなんか違う感はどこからやってきたものなのか。ぼくが提示した2段式の競りゲーという前情報に対して、プレイヤーは「こういう感じかな」と予測や期待感を抱きます。でも、プレイしてみたら予想していたゲームと感触が違っていた。それが「なんか違う」なのではないでしょうか。
 だとするならば、ぼくはこのゲームの魅力を100%伝えきれていないか、あるいはぼく自身が競りゲーの魅力を咀嚼しきれていないか、どちらかあるいは両方を疑うべきではないかと思ったのです。
 競りゲーの魅力とは、楽しさとはなんだろう。割と根本的な命題を突きつけられたようにこの時は感じられました。

 フォーセール2015はフォーセールの特徴である「20分で終わるコンパクトな競り」に大きな価値を認め、その路線を踏襲するものとして設計されて来ました。しかしながら、ゲームを20分で終わらせるための簡潔な仕組みを否定するところから始まったのがフォーセール2015である以上、その欠点だけを正しつつ利点を伸ばすのは至難の業…… どうしてもイビツさが生じるのです。
 いいとこ取りをしようとして窮屈なゲームになっているのではないか。元々2段競り自体が2つの競りのいいとこ取りをしようとするゲームなのですが、いいとこだけを集め過ぎて4番バッターだらけの野球チームみたいになっているのではないでしょうか。
 必要なのは枝葉を削ぎ落とすこと。コンセプトを純化させること。そして楽しさの根本を再確認することです。そこからこのゲームの新しいスタートが始まるのだとぼくには思えました。

 フォーセール2015が夏休みテーマを載せて夏休み大作戦へと姿を変えるのと同時期に一学期フェイズと名付けられた前半の競りは根本的な部分から変更されました。
 ぼくが競りの楽しさを実感する瞬間。それは例えば「電力会社」で25番の発電所が50金まで釣り上がって、なお競りが続くあの時間だったりします。高値更新した側は「ここまで競り上げていいんだろうか?」、上値更新された側は「もう1回応札したら引き下がってくれるだろうか?」、そして双方が「そもそもこの競りにこんなにつぎ込んでいいんだろうか?」と感じるあの雰囲気。どんどん高値更新が続いて、見ているだけのプレイヤーまでハラハラしてくる、あの興奮こそが競りの醍醐味ではないかとぼくは思うのです。
 ならば話は簡単で、とにかく応札がヒートアップする仕組みを作ればいい。応札の障害を取っ払う、いやむしろ、応札が続くことでプレイヤーに報酬が与えられるような、そんな競りの仕組みを作ってしまえばいいんじゃないか?
 もう一つ、去年の秋ゲムマに出展された「競りゲーブブカ」からはちょっとしたヒントを貰いました。あの棒を競っている時、プレイヤーの心理としては確信と疑問がないまぜになっているはずです。相場が見えそうで見えない、その不確かさを自分の判断で乗り切るのがあのゲームの面白さなのではないか、と、まあ、遊んだワケではないんですがそう感じたんですよね。
 確固としたプレイヤーの相場観を崩す。一手ごとに相場が劇的に変わっていく。優れた競りゲーはそうした特性を備えています。「ラー」なんかは典型的でしょう。方向性は、見えました。

 新しい一学期フェイズのシステムとしては「ホームステッダーズ」式の押し出し競りを採用しました。全部で30枚の友達カードを1枚1枚競っていたのではあまりに時間がかかりすぎるからです。モダンでスピーディな競りを実現するためには複数のカードを1ラウンドで処理しなければなりません。
 競りに使うプールボードには3つのコースがあり、それぞれ1枚、2枚、3枚の友達カードがセットされます。つまり1ラウンドで6枚の友達カードが入札対象になり、5ラウンドで全30枚の友達カードが落札されます。
 このコース数を3としたのは単純な「ホームステッダーズ」の引用ではなく、1ラウンドで競りにかける友達カードの枚数からこんな感じかな、と決めています。1ラウンドで扱うカードが多すぎるとパスのデメリットが目立ちますし、逆にカードが少なすぎるとゲームが間延びしてしまうからです。
 競り値をゲーム側から指定してしまうのも「ホームステッダーズ」の引用です。これはワーカープレイスメントと同様にインターフェースが明確で、なおかつ不慣れなプレイヤーが相場からかけ離れたビッドをしてしまう事故も防げるので、極めてスマートな作りと言えます。

 また、競りをパスしたらリソースが貰えるのも「ホームステッダーズ」と同様です。ただし、こちらは貰えるリソースが可変式で競りが加熱すればするほど貰えるリソースが多くなります。
 これは当初は応札と同時にボード上のポットにストックからチップを移す形でチップがポットにどんどん溜まり、最初に降りたプレイヤーが総取りするような形にしようかと思っていました。「ムガル」に近い仕組みです。
 ただ、これをやるには大量のチップが必要になること、またストックからポットにチップを移す手間や移し忘れのリスクなど一手番が重くなる弊害を考慮して、最終的にボード上に示された元気チップの数だけチップが貰えるという形になりました。これは「エクリプス」から流行のボード上に見える数だけリソースを貰える仕組みの援用です。

 そして、その骨格の上に応札されたらリソースを貰える「負けん気トラック」という仕組みを取り入れました。ここが一学期フェイズのキモだと個人的には考えています。応札へのハードルを緩くして競りを加熱させる仕組みで、その根本には一昨年のアドベントカレンダー記事で書いたトスのインタラクションの考えが生きています。
 「負けん気トラック」の扱いには結構な試行錯誤がありました。応札の結果、即座にリソースが手に入るのはやりすぎじゃなかろうか。例えば次のラウンドの頭で手に入る収入という形にしてタイムラグを設けた方がいいんじゃないか。チップのやり取りが挟まるとやはり手番が重くなるのではないか。などなど。
 当初は「負けん気トラック」用の個人カードを作る予定はなく、リソースは元気チップ1本で完結させるつもりでした。というのは、カード印刷をタチキタさんにお願いするか、ポプルスさんにお願いするか、この時点では決めかねていたからです。
 ポプルスさんにお願いする場合、カードの種類は20種類が一つの単位になります。友達カード30種類、日記カード30種類が既に決まっているのでそこに4種類を付け足すと80種類の印刷費用が必要になってしまう。それはゲームへの貢献に比べて負担が大きすぎると感じたのです。
 ただ、タチキタさんに見積もりを取ってみるとタチキタさんなら64枚まで同一価格で印刷できることがわかりました。それならさほどコストの上積みなく個人用の4枚をねじ込むことができます。
 チップをプレイヤーとストックで行き来させるよりは手元のキューブを動かす方が時間もかからず平易です。また、非公開リソースである「元気チップ」と公開リソースである「負けん気トラック」の併用は面白い効果を生み出すのではないかとも感じられました。こうした事情を経て「負けん気トラック」の採用が決まりました。
 もう少しだけ「負けん気トラック」の話をすると、「負けん気トラック」には獲得できる負けん気の上限が設けられています。基本的にこのゲームはチマチマとした応札が続く展開がよくあるのですが、それがプレイヤーの本音なのかブラフなのかはいささか見えにくいところもあります。ただ、負けん気が上限に達したらここからは落札にかかるぞ、という本気のサインになるので、競りの流れに起承転結が生まれたように感じます。

 あと、一時は獲得できる友達カードに上限が決まっていました。最高で8枚までしか友達カードを獲得できず、落札の結果9枚以上になるようなコースへの入札はできない、というものです。
 これは「メディチ」を意識したルールであると同時に、なかなか友達カードを獲得できないプレイヤーへの救済策でもあったのですが、手札上限があると早起き度の小さな友達カードの有用度が下がり相場が硬直しやすいこと、友達カードの獲得枚数に差がついた方が後半の夏休みフェイズでの戦略に幅が生まれるだろうという考えからこの仕様は削除することになりました。
 1回の競りで獲得できる友達カードの枚数が1枚から3枚なのは結構な幅があるんですが、これも3枚までなら大丈夫だろうと判断したのは「メディチ」由来の感覚でもあります。

 とまあ、こんな感じで色々な検討を重ねた結果、一学期フェイズが完成しました。「競り上げが楽しい競り」というコンセプトを固めたことで追随する様々な仕様も方向性が定まったのだと思います。
 結果的に当初のコンセプトの一つでもある「コンパクトな競りゲー」からは大分離れた歯ごたえのあるゲームになってしまいましたが(30分くらいかなーと思って時間を計ってテストプレイしてみたら60分かかってビックリしたり)それだけに自分のやりたいことをやってやった感はあります。
 まあ、これまでは割とアイディア先行というか、自ら制限を課した中でこれだけやってみました系のゲームを作って来ましたが、今回は必要以上の制限は設けずに自分ができる限りを詰め込んだことでゲーム好きの人に満足して貰えるゲームに仕上がったのではないかと思います。
 テストプレイに付き合って貰った一発命中Pからは「こういうちゃんとしたゲームを作るとは思わなかった」と言われて「失礼ね!」と思ったぼくですが(ボードゲーム数寄語り第100回を参照のこと)、基本的にぼくはユーロ大好きっ子なのです。今回のゲームマーケットにはぼくの見る限りユーロ文脈のゲームは少なくて、まあ、それは以前からその傾向はあったんですけども、最近はそれが加速してる感もあって、果たしてぼくのやってることは時代の逆行なのではなかろうかなー、と危ぶむ気持ちもなくはないんですが、まあ、そうしたゲームを求めている方がいるのであれば手に取って貰えれば幸いです。
 要は「この路線でええんやな!」って手応えがあればこの路線を継続することもできるので。ダメならダメで違う路線も考えなアカンでしょう。まあ、今回はそういう試金石でもあります。一体どうなることやら、楽しみでもあり、不安でもありますね。ゲーム好きの皆様、よろしくお願いします!
posted by 円卓P at 21:15| Comment(0) | 夏休み大作戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: