
数寄ゲームズはデリシャスゲームズのワーカープレイスメントゲーム「メッシーナ1347」を販売します。プレイ人数1-4人、対象年齢12歳以上、プレイ時間60-140分で、小売希望価格は税込8800円となります。
数寄ゲームズ通販サイトにて9月6日より予約開始、9月14日より先行発売を始めます。その後、全国のボードゲームショップさんへのご案内、流通を予定しております。

「メッシーナ1347」は、「アンダーウォーターシティーズ」「プラハ 王国の首都」「パルサー2849」など優れたゲーマーズゲームの作者として知られるVladimír Suchýと、これがデビュー作となる新鋭Raúl Fernández Aparicioがタッグを組んで送り出すワーカープレイスメントです。プレイヤーはシチリア島北部にある都市メッシーナにおいて有力な貴族となり、蔓延する黒死病の脅威と戦い、街の復興に尽力にします。
舞台こそ時代も距離も遠く離れた場所の出来事を描いた作品ではありますが、新型コロナウィルスという未曾有の疫病と今まさに対面している私達にとって、災害とも言えるほどの疫病との戦いというテーマは極めて身近で刺激的な設定と言えましょう。

ちなみに歴史的にも黒死病の大流行が始まった年である1347年は「いざ死なせまいメッシーナ」と語呂合わせで覚えていただければと思います。世界史のテストにぜひお役立てください!
◆名作請負人スヒィさんの新たな挑戦は、共作!
「コードネーム」や「スルー・ジ・エイジス」、最近では「アルナックの失われし遺跡」などで知られるチェコゲームズエディション(CGE)。そこで「パルサー2849」や「おかしな遺言」などのタイトルをデザインしていたウラジミール・スヒィが独立し、個人出版社であるデリシャスゲームズを立ち上げたのは5年前の2017年になります。
そこからスヒィさんは「アンダーウォーターシティーズ」でCGE時代に垣間見せたデザインセンスが本物であることを証明し、デリシャスゲームズの三作目として自身の生まれ故郷から名を取った「プラハ 王国の首都」を発表し、これまた高い評価を得ることに成功しました。
タイトルからも分かる通りに「プラハ 王国の首都」はスヒィさんにとってまさに乾坤一擲の一作。「果たして次の一手は!?」と注目が集まっていたところ、繰り出してきたのが今作の「メッシーナ1347」ということになります。
今回スヒィさんが選んだのは共作という新たな挑戦。今回の「メッシーナ1347」はスヒィさんの単独作ではなく、これがデビュー作となるラウル・フェルナンデス・アパリシオとの共同作業になります。
CGE時代から通してもスヒィさんは共作という形でゲームを出版したことはなかったため「スヒィさんがメインなのか、サブなのか?」「CGEはディベロップに定評があるが、スヒィさん自身のディベロップ力はどうなのか?」「一体どんなゲームができあがるのか?」と、ぼく個人としても様々な興味が湧き上がったものです。
BGGに寄稿されたデザイナーダイアリーによると、テーマの選択に始まりゲームのコンセプトの大部分はアパリシオによって組み上げられたもので、ゲーマーズゲームとしての調整をスヒィさんが行うという役割分担が行われていたようです。
「メッシーナ1347」のデザイナーダイアリー(英語)
https://boardgamegeek.com/blogpost/122130/designer-diary-messina-1347 実際に遊んでみると、その仕上がりはデリシャスゲームズ諸作に通じる上品で充実度の高い一品。しかしながら、「アンダーウォーターシティーズ」「プラハ 王国の首都」に比べてより引き締まった硬質な触感もあり、このタイトさにアパリシオの作風が出ているのかもしれません。スヒィさんだけだともう少し揺らぎを持たせるのではないか、という箇所がビシッと固められていて、歯応えを楽しませる方向に寄せているように思います。
スヒィさん特有のデベロップ、例えば各要素のコンボ性や時代IとIIに分けたコンポーネント構成、タイルのめくり運の緩和、最終得点ボーナスの掛け算など、「らしさ」は随所に見られます。一方でこれまでのデリシャスゲームズ諸作に比べてアドリブ性よりも計画性を重視した作りとなっていて、ゲーマーズゲームを好む人にはむしろこの実直さが好まれるように思いますね。ここがアパリシオらしさ、なのかなあ。
アパリシオの一番の仕事はテーマ選定で、流行病の蔓延した都市とそれに関わる人々の姿を描き出すことで、独特のプレイフィールやメッセージ性を生み出しています。オチから言うと「なんか思ってたんと違う!」なんですが、今の時代にも通じる実に風刺的な味わいのテーマ性を生み出しています。
基本的にスヒィさんはユーロ畑のシステムモンスターなので、ゲームのテーマ付けにはそれほど興味がない人ではあると思います。そんなスヒィさんの諸作の中で唯一テーマ性から興味を惹かせてくれるゲームが「おかしな遺言」なのですが、このゲームも「おかしな遺言」に並ぶテーマとシステムの結びつきが強いゲームなのではないかと考えています。
それは一体どういうことなのか? その辺りをテーマから深く掘り下げていきましょう。
◆メッシーナの街から市民を救助せよ! ……救助とは?
さて、繰り返しになりますが、このゲームは、黒死病の蔓延したメッシーナの街から市民を救い出し、荒廃した街を再興するテーマのゲームです。死と再生と言いますか、一度は滅び、そして復活に至る物語がラウンドの流れに沿って展開されます。

このゲームはワーカープレイスメントで〜、最初にワーカーを3つ持ってるんだけど最大で5つ持てて〜、アクションスペースがランダムに配置されてて遠くのアクションを実行するには余計なコストがかかって〜、ラウンドごとの手番順は様々なトラックの進み具合で決まってて〜、などなど、細かい仕様を言い出したらキリがないので、その辺のゲーム的な仕様説明は割愛します!
いや、この辺の工夫の数々を語るのはゲーム好きとして楽しいところではあるんですけども、逆にゲーム好きにしか伝わらない「細かすぎて伝わらないモノマネ」みたいになるので、どこかの機会で語れたらいいなあと思っています。というか、一回書き出してみたらあまりに膨大すぎたのでザックリ除きました。ルールブックに書いてあるので読んでください!
様々な要素の渦巻く本作において、一番のポイントは何か!? 端的にそれをお伝えするとなると、それはメッシーナの街で救出する「市民」の扱いにあるのではないか、と考えました。
このゲームにおける「市民」は言わばリソースの一種で、様々な使い道…… いや、利用法…… 違うか、処遇……? ダメだ、どんな言葉を選んでもアレな感じになってしまう…… ともかく、市民を助けることは自分にも利があるのです。
このゲームでは選択したアクションスペースに市民がいた場合、市民を救助して自領に避難させることができます。今やメッシーナの街は黒死病が蔓延し、壊滅の危機に瀕しているのです!
自領に避難させた市民には、幾つかの配置の選択肢があります。1つは個人ボードの各マスに配置することで監督アクションと呼ばれるアクションを起動する「鍵」にできます。もう1つは建設した作業所に配置することで、その作業所から収入を得ることができるようになります。どちらにしても、市民はプレイヤーに利益をもたらしてくれる存在なのです。
もしかして拉致では?
また、市民には「職人」「修道女」「貴族」の3種があり、種類によって配置できる区画が異なっていたり、働ける作業所が異なっています。そのため、自分にとって必要な市民の種類はどれかを考えることが重要です。
命の選別では? こうして一度は自領に保護した市民は、ゲーム後半にメッシーナの街の再開発のために旅立っていきます。……テーマ的な表現としてはそんな感じなんですが、プレイヤー目線的には市民(と様々なリソース)を支払うことで大量得点を獲得できる塩梅です。市民から利益をチュウチュウするか、得点を得るかが悩ましい!(人として最低のセリフ)

さて、こうした市民の中には運悪く疫病に罹患してしまった人もいます。市民を救助する際にアクションスペースに疫病駒がある場合、その人はすでに疫病に罹患済みなのです。
しかし、ご安心ください。プレイヤーは慈悲深い貴族ですゆえ、病気の有無なく、別け隔てなく市民を自領に避難させます。貴族様あったけえ……
しかしながら、疫病の蔓延を防ぐため、やむを得ないのですが、病気の市民は隔離小屋に配置する処置を取らせて頂きます。隔離小屋に配置された病気の市民は2ラウンド後には健康を取り戻し、他の市民と同様に区画に配置したり、作業所で働けるようになります。回復おめでとうございます。
隔離小屋まで来れば一安心ですね。
じゃあ、健康になるまでの2ラウンドの間、働いてもらいましょう。 なんと、このゲームには隔離小屋の改善という要素があり、改善された隔離小屋は、病気の市民を配置することで作業所と同様に収入を生み出すのです。
鬼の所業では?
ちなみに2ラウンド後、市民が健康になると隔離小屋は働き手を失い、収入を生み出さなくなってしまいます。健康な市民を隔離小屋に留め置くことなどできないのです! そりゃもう人道的な観点から!
そのため、隔離小屋の新たな働き手はメッシーナの街から補充してこなければなりません。もはや救助と経営の主客が転倒しておる……
ゲーム中のプレイヤーは「健康な職人はいらん。病気の修道女が欲しい」などと常時口走っているため、まるで新手の貧困ビジネスのようです。
いえ、しかしこれもまたメッシーナの再興のためなのです。得られた収入はいずれメッシーナの再開発費用として還元され、そしてプレイヤーは得点という名の名誉を得るのですから。Win-Winということですよ。
ちなみにアクションスペース上で疫病駒と一緒に置かれた市民はラウンド終了時にゲームから取り除かれてしまいます。抽象的な死の表現ですね。ですので、救助は立派な人助けなのです。
ということで、ツッコミどころは多いのですが、このゲームにおいて、様々な利益をもたらす市民の救助はプレイヤーにとって極めて重要な選択なのです。果たして自分にとって必要なのは、職人なのか、修道女なのか、貴族なのか、その中でさらに健康な人なのか、病気の人なのか、深く検討する局面が訪れます。
◆決してイロモノではない、硬質なワーカープレイスメント
とまあ、ゲームシステムとテーマの関係性から読み取るに、このゲームはこういうメッセージのゲームだよね、と解釈してはいるのですが、ゲームそのものはテーマ先行のイロモノでは決してなく、数寄者が唸る本格的なワーカープレイスメントです。
先程も少し触れたのですが「アンダーウォーターシティーズ」や「プラハ 王国の首都」より運要素を削ってシュッとさせた印象さえあります。例えば、ぼくは「プラハ 王国の首都」の最終得点タイルのガチャが苦手なのですが、「メッシーナ1347」ではそうした最終得点の掛け算は最初から提示されていますし、プレイヤー同士で奪い合うこともありません。インタラクションを持たせるところと、そうでないところの境界線の引き方がかなりぼく好みというか、日本人好みな感じではないかと思います。
また、基幹のワーカープレイスメント部分も、1つのアクション選択で、アクション自体の選択は元より、先程の市民の選択や、疫病駒に対する対処など、考えることは無数にあり、一手が実に悩まし楽しいゲームです。とは言え、この部分にさほど突飛なアイディアを盛り込むようなことはしていないため、デリシャスゲームズとしてはスッキリとした部類のゲームかと思います。
6ラウンドでワーカーが3個、途中でワーカーが増えたり減ったりするので、トータルでは手数は20手番前後になるのではないかと思います。手数が少ないと1手辺りが重くなりますし、多すぎると間延びしやすくなるので、ちょうどいい塩梅ですね。
ビジュアルも含めてゲーム的な見どころとしては、プレイヤーボードの曼荼羅じみたデザインが挙げられるでしょうか。先程少し触れた避難した市民を配置する区画というのがこれで、茶色が職人、緑が貴族、青が修道女を配置できる区画と決まっています。この時代は厳密に居住地が分かれていたのですね(というテーマ性から来るものなのでしょうか)。

このプレイヤーボードでは、中央に配置されている「監督駒」が前進することで、隣接するアクションを発動させることができます。ただし、発動には条件として市民が配置されている必要があるため、まずは市民を配置して、その後監督を前進させる、という手順を踏まなければ無駄アクションになってしまいます。
また、監督駒は裏返すことで「改善」し、より効率的にアクションを発動させることもできます。なので「監督駒を動かして利益を得たい! でも、その前に監督駒を改善したい! でもそのためには別のアクションを先にやらなきゃならない!」といった感じの悶えるマネジメント要素が当然のようにあるワケですね。

そうして得た様々なアクションによって別のアクションが発動し〜、といったコンボ性は今回も健在で、これをやってこれを得てこれを取ってこれを貰う、といったズルくさい動きをしてると、あー、スヒィさんのゲームを遊んでるなーという感覚になります。
資源のやりくりはシビアですし、手数は慢性的に足りないですし、ラウンド跨ぎの収入はガバッと入ってきますし、かと思えばその資源も一瞬で枯渇してしまうしで、その辺のトータルとしての味わいがやっぱりスヒィさんなんですよね。
こういう個人ボードのデザインでワクワクする人とか、あとはセットアップでランダム配置のメッシーナの街を作るモジュラーボードでワクワクする人には、このゲームは絶対に肌に合うと思います。一方でカードを引いたりダイスを振ったりするようなインスタントに盛り上がる運要素はあまりないので、そういったものを求める方には向かないとは思います。

同じデリシャスゲームズでも「アンダーウォーターシティーズ」なんかはカード引きガチャ要素での一喜一憂が強いゲームですけども、逆にそこにストレスを感じる人は「メッシーナ1347」のドライさこそが肌に合うかもしれません。
◆新人の創意を職人が鍛える、理想的な二人三脚
ということで、「メッシーナ1347」は、新人アパリシオのアイディアを存分に活かしつつゲーマーズゲーム職人スヒィさんの仕上げの見事さを味わうことができ、放埒ながら極めて完成度の高い一作と言えましょう。
控えめに言っても箱絵は地味…… 明度の低い絵柄ですし、テーマも相まってとにかく陰鬱な雰囲気なんですけども、その裏に隠されたメッセージ性が刺激的というか風刺的で、一風変わったテーマが好きな人にもオススメしたいゲームです。同じシステムでもこれが現代を舞台にしたゲームだったら相当エグい光景だったと思いますよ。
正直なところ、こういうテーマのゲームって「パンデミック」の例を持ち出すまでもなく、疫病の怖さ、強大さ、人を選ばない無慈悲さ、みたいなところを描き出すものだと思うのですが、このゲームの疫病は正直そこまでインパクトがないというか、システム的には体の良い得点源という扱いなので、相対的に「本当に怖いのは疫病ではなく人間なのではないか?」というメッセージになっているのが愉快なところです。
これが意図したものなのかどうなのかはわからないのですが、新型コロナウィルスが2020年から本格的に流行してからはや2年半以上が過ぎ、確かにそういう見方もあるのかもしれないなー、と思わせるに至る…… いや、なんだか、それも困ったものではあるのですが、そういう機会にもなるゲームなような気がします。
人によって、真面目にも不真面目にも捉えることのできる解釈の広さはスヒィさん個人からはなかなか出てこなかったと思うので、この2人のケミストリーは結果としてよい出会いだったのではないかと思います。
すでに発表されている今年のエッセン新作「Woodcraft」も「メッシーナ1347」と同様にスヒィさんと新人デザイナーのコラボレーションという形になるため、スヒィさんのディベロップ力の一端をぜひこのゲームから感じ取っていただければと思います。
ちなみにデリシャスゲームズのゲームではお馴染みのバリアントルールやソロゲームバリアントもあります。
バリアントルールでは各プレイヤーに配布される個人ボードが非対称となり、それぞれ異なる得点獲得手段を得たり、追加の得点方法が増えたりします。あとはラウンド毎のスタプレの決め方が変わったりするんですけども、この決め方の捻りが独特で面白いんですよね。今回の記事では説明を割愛したんですけども、スタプレを取るべきか取らざるべきかジレンマが増えているので、かなりの好きポイントです。
ソロバリアントは対戦相手が邪魔してくるなかで目標点を目指すタイプのソロゲームです。仮想プレイヤー専用のタイルをランダムで引き、そこに書かれているアクションスペースが使えなくなってしまう、という感じです。
あと、どうでもいい話ですけども、箱の芯材がめちゃくちゃ分厚いです。マジでこれまで見たことのないような分厚さで、芯材分厚さコンテスト優勝間違いなし。
今回の日本語版は中国で印刷されていて、英語版とは印刷工場が違うんですね。サンプルとして貰った英語版初版と比べても全然違う分厚さ。印刷品質はめちゃ良いです。そこまで内容物が詰まっているのか、重いのか、と言われるとそこまでではないんですけども。
メッシーナ1347(2022/原版は2021)
プレイ人数:1-4人
対象年齢:12歳以上
プレイ時間:60-140分
ゲームデザイン:Raúl Fernández Aparicio, Vladimír Suchý
アートワーク:Michal Peichl
出版社:Delicious Games / 数寄ゲームズ
小売希望価格:8800円(税込)