
「アンダーウォーターシティーズ」や「パルサー2849」で知られるチェコのボードゲームデザイナー、ウラジミール・スヒーは重量級ゲームを得意としているデザイナーで、これまでの氏の作品の中で最も手軽で遊びやすい「遺言」にしても40-75分と言った中重量級ゲームです。基本的には、多くの要素を盛り込んでシナジーの爽快感を創出することに手慣れたデザイナーという印象です。
さて、そんなスヒーさんが2019年のエッセンシュピールで発表したタイトルがこの「モンスターベイビーレスキュー!」です。これは先述の「遺言」よりもさらに軽い20-40分で、氏としては初めてのファミリーゲームとなります。プレイ人数は2-5人、対象年齢は7歳以上となっています。
数寄ゲームズ通販サイトにて5月18日より発売開始。販売価格は税込2750円となります。ゲーム自体は英語版になりますが、和訳ルールを添付します。
ゲームの設定としては、「突如として開いた魔法のポータルから飛び出してきたモンスターの赤ちゃんをお世話して、家に返してあげるために色々なタイルを集めましょう」というものです。この「モンスターの赤ちゃん」という言い回しがルールの記述上、若干煩雑なこともあり、邦題として「ベビモン救助隊!」とするのはどうかという案もあったんですけども、某社法務部に睨まれるのも怖いので今回のような形になりました。

さて、ベビモン……じゃなかったモンスターの赤ちゃんは頭、胴体、足の3枚のタイルで表現されていて、ゲーム開始時は汚れた状態で登場します。泣き顔でかわいそう。
この赤ちゃんをお手入れしてあげて、なおかつ遊び場や寝床を用意してあげることがプレイヤーの目的となります。健康診断も忘れずに!

赤ちゃんの様々なお世話は「お世話タイル」の獲得という形で表現されています。プレイヤーは提示された6枚のお世話タイルの中から1枚を選択し、「時間」を支払ってそれを獲得します。

そして払った時間に等しい分だけコマを前進させた後、最後尾にコマがあるプレイヤーに手番が移ります。プレイヤーの手番でやることは「お世話タイルを1枚獲得するだけ」と、相当にシンプルです。
少しゲームを齧ったことがある人ならこのメカニクスが「テーベ」に代表されるタイムトラックという仕組みであることがわかるでしょう。手番順は常に時計回りではなく、支払った時間の総計が少ない人が手番プレイヤーになるメカニクスで、先述の「テーベ」や「パッチワーク」と言ったお買い物をメインとしたシステムと相性のいい仕組みです。

その後、タイルは山から1枚補充され、常に6枚のタイルが場に並ぶ形になります。この時、空いたスペースを埋めるようにタイルを整理し、新しく補充されたタイルは常に最も高いスペースに配置されます。
これは「スルージエイジス」に代表されるダッチオークションのメカニクスですね。このメカニクスは便利な仕組みなので色々なゲームでの援用を目にしますが、やはりお買い物メインのシステムと相性のいい仕組みです。
で、この「タイムトラック」と「ダッチオークション」の組み合わせ、ありそうで今までなかった組み合わせです。この記事を書くにあたってタイムトラックのゲームを10個くらい浚ってみたんですけども思い当たるところがなくて(ワレスの「オーズトラリア」が動きとしては似てるんですけど、あれはカードのリフレッシュ用にしか使ってなかった記憶)、それでいてそれぞれのメカニクスの枝が「買い物」という幹にしっかり支えられていて、目の付け所が秀逸だなとまず感じさせてくれます。
さて、こうして獲得したお世話タイルはそのままでは得点には結びつきません。得点を獲得する手段は大きく分けて3つあります。
まず、タイルに描かれたハートマークがそのまま素点となります。タイルの中には同じ効果でもハートのあるものとないものがあり、当然ながらハートありの方が価値が高いです。タイルの価値は意図してバラバラに設定されていて、タイムトラックのゲームでは鉄板な牛歩戦術を防ぐ作りなのも上手いですね。

また、タイルを集めて条件を満たすことで獲得できる「目標タイル」も得点源の一つです。この「目標タイル」はゲーム開始時に10枚が公開され、それぞれ獲得のための個別の条件が記されています。これらのタイルは早取りなので人の動きを見ながらタイル獲得競争に挑むか避けるかを判断しなければなりません。ライバルに先んじて「目標タイル」を獲得するために高いお世話タイルを買わざるを得ない場合もあるでしょう。

そして最後に、メインとなる得点源として「最終得点計算タイル」があります。これはゲーム開始時に4枚が公開され、それぞれの条件に応じて得点が入ります。基本的にはプレイヤー全員が共通して目指す目標となるでしょう。
また、ゲーム中には「ミニ最終得点計算タイル」のようなピンクの「要求タイル」もあります。
お世話タイルの山が尽きるとゲームの終了トリガーが引かれます。最後に全員が1回手番を行ってゲームは終了します。
こうして、得点を最も多く集めたプレイヤーがゲームに勝利します。ルールはかなりシンプルなんですが、得点源が複数用意されていることもあり、自分の盤面だけでなく人の盤面もよくよく見る必要があります。ファミリーゲームとは言うものの、この得点体系ってかなりゲーマー志向じゃないか……?
とは感じていて、スヒーさんの隠せないデザインの癖みたいなものが見えてきます。

およそファミリーゲームとは思えないギッシリとした得点計算例。
プレイ人数は2人から5人と広く対応していて、人数に応じて使うタイル枚数が異なるので、プレイ人数辺りのアクション数はあまり変わらない感じですかね。個人的にこの手のタイムトラックは少人数の方がやり取りにキレがあって肌に合いますが、各人の目的がバラける多人数だと欲しいタイルが安く手に入るポロリの機会が増えて楽しそうです。どちらが好みかによるかなと。
最初にこのゲームの説明書を見た時、連想したのがスヒーさんの「シップヤード」でした。あれは今で言えば「センチュリー:スパイスロード」のような、選ばれたなかったオプションにリソースを継ぎ足していくアクション選択のゲームで、今でもユニークなシステムのように感じます。時代から考えれば「プエルトリコ」からの援用でもあるのかな。
なので、このゲームを見て、スヒーさんって「シップヤード」のシステムに思い残しがあるというか、なんかこうまだ発展性やら変化型やら試せるんじゃないかなという未練みたいなものがありそうだったんですよね。ぼくが勝手にそう感じただけですが。
で、そんなことを漠然と思っていたところに「実はこんなゲームを作ってるんだ」と見せて貰ったのが、今年発売予定のスヒーさんの新作「Praga Caput Regni」でした。「アンダーウォーターシティーズ」の翻訳を務めた永峯さん曰く「プラハ 王国の首都」という意味らしく。
これが今はまだ詳しくは言えないんですけども、まさに「シップヤード」の発展形を思わせるシステムをしていてですね。見た瞬間に「あああああ!!!」って思っちゃったんですよね。やっぱりスヒーさん「シップヤード」やりたかったんじゃん!!! みたいな。
そういうワケでひょっとしたらこの「モンスターベイビーレスキュー!」は「Praga Caput Regni」をデザインしている最中に思い浮かんだゲームなんじゃないかなと思っているんですよね。アイディアの一端を纏めてみたら違うものになったけど、これで一つ作れそうだぞみたいな。最近で言えば「ソレニア」と「ブラックエンジェル」の関係というか。
まあ、この2作はシステムとしてはかなり異なるので、あくまで「シップヤード」を祖にした異なる2作と位置づけるのが正しいと思うんですけども、それでもスヒーさんのバイオグラフィーとしての「シップヤード」「モンスターベイビーレスキュー!」「Praga Caput Regni」というラインはあるんじゃないかと思うんですよね。
なのでスヒーさんファンの皆様にはぜひこの「モンスターベイビーレスキュー!」を遊んで頂いて「Praga Caput Regni」ってどんなゲームなのかな、と思いを馳せていただきたいのです。一人のゲームデザイナーの諸作を一本の川のように連続した文脈として鑑賞できる、これは貴重な機会とも言えます。
それって実はボードゲームの贅沢な楽しみ方で、語るに足りるゲームを多数輩出できるデザイナーって本当に限られているんです。
ゲーム自体は厚紙タイルたっぷりの十分な大箱サイズにも関わらず、価格は2750円とお値打ち価格で申し分なし。いや、これ、何度計算してもこの価格になるんですよね。おかしいな…… 安すぎる……

「アンダーウォーターシティーズ」より一回り小さいサイズで存在感がある。
最近のデリシャスゲームズは「新たな発見」もそうなんですけども、コンポーネントのリッチ志向が強まっていることもあって「アンダーウォーターシティーズ」のあのコンポーネントがウソのようです。「アンダーウォーターシティーズ」売れたんでしょうね…… よかったね……
そんな感じでデリシャスゲームズの成長具合も感じられるこの一作。このゲームの題材、モンスターの赤ちゃんのように成長具合をひしひしと感じられる作者と出版社なので、同じ思いの方はぜひ! 追いかける価値はありますぜ!

タイル収納用の紙の仕切りもあるよ。