2016年04月28日

夏休み大作戦製作記録 「なんか違う」から生まれた一学期フェイズ


 入稿直前で「プールのコースって左から1,2,3だよな……」と思い至って慌てて修正したプールボード(修正前)

 夏休み大作戦の前半部分、「元気チップ」と「負けん気トラック」で「友達カード」を獲得する一学期フェイズは、このゲームの製作期間の中で最も長く試行錯誤の続いた部分です。でもまあ、現在の形に辿りつけたことでこれで行けるぞという手応えを掴めたので、結果オーライと言いますか、なんとか最後までやり遂げられてよかったな、とハッピーエンドな気分に既に浸っているワケですが、実際に評価を受けるのはこれからなのでまだまだ気の抜けないところではあります。

 さて、「一学期フェイズ」は大きく分けてVer1とVer2がありました。Ver2は今現在皆様にお見せしている現行のシステムですが、Ver1はテーマがまだ定まっていないフォーセール2015時代のシステムで簡単に言えばサンチアゴとグレートジンバブエを組み合わせたようなルールの競りでした。分かる人には「あー」と言って貰えるかと思います。
 このシステムはサクサク進みつつ値付けにも悩めるのでぼく的には結構お気に入りのシステムだったんですが、ゲムマ秋の前日に開催されたイエサブでの前日ゲーム会、蒼猫の巣のメンツが集まる希少な機会にこれを持ちだして試遊してみたところ、賛が1、否が2という雰囲気になったのです。
 これはまあ、前半部分が、という意味ではなくゲーム全体を通してという意味ではあるんですが、概ね前半で醸造された空気はそのまま後半にも持ち越されるもので、前半でコケてから後半で失地挽回とはなかなかいかないものです。まあ、要するにゲーム全体が十分な完成度ではなかったんだな、とぼく自身は結論づけました。
 でまあ、色々な感想が飛び交う中で「なんか違うんだよなあ」という全く具体性に乏しい感想が一つありまして。それがぼく的には物凄く引っかかっていました。
 まあ、これは発言の主に「じゃあ、それはどこがどう違うんだよ」と問うて「これこれこう違うんだよ」という明確な理屈を聞き出せれば話としては一番早いんですが、ぼくの経験上そうした解像度の高い理屈を普通の人から聞き出せた記憶は少ないです。「マズく言ったら作った人に悪い」とか「正しいことを言えるか自信がない」といった感情も邪魔をします。ある種の無責任さが逆に適性になる場だったりもして、ごく常識的なプレイヤーは却って自分の感覚を言葉として出力することができなかったりもします。これはかなり練度の必要な技能だと考えています。
 が、テストプレイヤーにそうした技能を求めるのは、テストプレイのハードル自体を上げてしまって本末転倒になりかねません。であるならば、テストプレイヤーの言葉を「翻訳」するのはゲームを作る側が体得すべき技術ではないか、とぼくは考えます。
 つまり「あの人が本当に言いたかったことはこうじゃないか」と不足部分を忖度するワケです。もちろん、それは当人の言いたかったことを捻じ曲げる誤った解釈ではいけないワケで、精度の高い翻訳をどうやって実現するかはぼくもまだ修行中ではあります。
 で、今回のなんか違う感はどこからやってきたものなのか。ぼくが提示した2段式の競りゲーという前情報に対して、プレイヤーは「こういう感じかな」と予測や期待感を抱きます。でも、プレイしてみたら予想していたゲームと感触が違っていた。それが「なんか違う」なのではないでしょうか。
 だとするならば、ぼくはこのゲームの魅力を100%伝えきれていないか、あるいはぼく自身が競りゲーの魅力を咀嚼しきれていないか、どちらかあるいは両方を疑うべきではないかと思ったのです。
 競りゲーの魅力とは、楽しさとはなんだろう。割と根本的な命題を突きつけられたようにこの時は感じられました。

 フォーセール2015はフォーセールの特徴である「20分で終わるコンパクトな競り」に大きな価値を認め、その路線を踏襲するものとして設計されて来ました。しかしながら、ゲームを20分で終わらせるための簡潔な仕組みを否定するところから始まったのがフォーセール2015である以上、その欠点だけを正しつつ利点を伸ばすのは至難の業…… どうしてもイビツさが生じるのです。
 いいとこ取りをしようとして窮屈なゲームになっているのではないか。元々2段競り自体が2つの競りのいいとこ取りをしようとするゲームなのですが、いいとこだけを集め過ぎて4番バッターだらけの野球チームみたいになっているのではないでしょうか。
 必要なのは枝葉を削ぎ落とすこと。コンセプトを純化させること。そして楽しさの根本を再確認することです。そこからこのゲームの新しいスタートが始まるのだとぼくには思えました。

 フォーセール2015が夏休みテーマを載せて夏休み大作戦へと姿を変えるのと同時期に一学期フェイズと名付けられた前半の競りは根本的な部分から変更されました。
 ぼくが競りの楽しさを実感する瞬間。それは例えば「電力会社」で25番の発電所が50金まで釣り上がって、なお競りが続くあの時間だったりします。高値更新した側は「ここまで競り上げていいんだろうか?」、上値更新された側は「もう1回応札したら引き下がってくれるだろうか?」、そして双方が「そもそもこの競りにこんなにつぎ込んでいいんだろうか?」と感じるあの雰囲気。どんどん高値更新が続いて、見ているだけのプレイヤーまでハラハラしてくる、あの興奮こそが競りの醍醐味ではないかとぼくは思うのです。
 ならば話は簡単で、とにかく応札がヒートアップする仕組みを作ればいい。応札の障害を取っ払う、いやむしろ、応札が続くことでプレイヤーに報酬が与えられるような、そんな競りの仕組みを作ってしまえばいいんじゃないか?
 もう一つ、去年の秋ゲムマに出展された「競りゲーブブカ」からはちょっとしたヒントを貰いました。あの棒を競っている時、プレイヤーの心理としては確信と疑問がないまぜになっているはずです。相場が見えそうで見えない、その不確かさを自分の判断で乗り切るのがあのゲームの面白さなのではないか、と、まあ、遊んだワケではないんですがそう感じたんですよね。
 確固としたプレイヤーの相場観を崩す。一手ごとに相場が劇的に変わっていく。優れた競りゲーはそうした特性を備えています。「ラー」なんかは典型的でしょう。方向性は、見えました。

 新しい一学期フェイズのシステムとしては「ホームステッダーズ」式の押し出し競りを採用しました。全部で30枚の友達カードを1枚1枚競っていたのではあまりに時間がかかりすぎるからです。モダンでスピーディな競りを実現するためには複数のカードを1ラウンドで処理しなければなりません。
 競りに使うプールボードには3つのコースがあり、それぞれ1枚、2枚、3枚の友達カードがセットされます。つまり1ラウンドで6枚の友達カードが入札対象になり、5ラウンドで全30枚の友達カードが落札されます。
 このコース数を3としたのは単純な「ホームステッダーズ」の引用ではなく、1ラウンドで競りにかける友達カードの枚数からこんな感じかな、と決めています。1ラウンドで扱うカードが多すぎるとパスのデメリットが目立ちますし、逆にカードが少なすぎるとゲームが間延びしてしまうからです。
 競り値をゲーム側から指定してしまうのも「ホームステッダーズ」の引用です。これはワーカープレイスメントと同様にインターフェースが明確で、なおかつ不慣れなプレイヤーが相場からかけ離れたビッドをしてしまう事故も防げるので、極めてスマートな作りと言えます。

 また、競りをパスしたらリソースが貰えるのも「ホームステッダーズ」と同様です。ただし、こちらは貰えるリソースが可変式で競りが加熱すればするほど貰えるリソースが多くなります。
 これは当初は応札と同時にボード上のポットにストックからチップを移す形でチップがポットにどんどん溜まり、最初に降りたプレイヤーが総取りするような形にしようかと思っていました。「ムガル」に近い仕組みです。
 ただ、これをやるには大量のチップが必要になること、またストックからポットにチップを移す手間や移し忘れのリスクなど一手番が重くなる弊害を考慮して、最終的にボード上に示された元気チップの数だけチップが貰えるという形になりました。これは「エクリプス」から流行のボード上に見える数だけリソースを貰える仕組みの援用です。

 そして、その骨格の上に応札されたらリソースを貰える「負けん気トラック」という仕組みを取り入れました。ここが一学期フェイズのキモだと個人的には考えています。応札へのハードルを緩くして競りを加熱させる仕組みで、その根本には一昨年のアドベントカレンダー記事で書いたトスのインタラクションの考えが生きています。
 「負けん気トラック」の扱いには結構な試行錯誤がありました。応札の結果、即座にリソースが手に入るのはやりすぎじゃなかろうか。例えば次のラウンドの頭で手に入る収入という形にしてタイムラグを設けた方がいいんじゃないか。チップのやり取りが挟まるとやはり手番が重くなるのではないか。などなど。
 当初は「負けん気トラック」用の個人カードを作る予定はなく、リソースは元気チップ1本で完結させるつもりでした。というのは、カード印刷をタチキタさんにお願いするか、ポプルスさんにお願いするか、この時点では決めかねていたからです。
 ポプルスさんにお願いする場合、カードの種類は20種類が一つの単位になります。友達カード30種類、日記カード30種類が既に決まっているのでそこに4種類を付け足すと80種類の印刷費用が必要になってしまう。それはゲームへの貢献に比べて負担が大きすぎると感じたのです。
 ただ、タチキタさんに見積もりを取ってみるとタチキタさんなら64枚まで同一価格で印刷できることがわかりました。それならさほどコストの上積みなく個人用の4枚をねじ込むことができます。
 チップをプレイヤーとストックで行き来させるよりは手元のキューブを動かす方が時間もかからず平易です。また、非公開リソースである「元気チップ」と公開リソースである「負けん気トラック」の併用は面白い効果を生み出すのではないかとも感じられました。こうした事情を経て「負けん気トラック」の採用が決まりました。
 もう少しだけ「負けん気トラック」の話をすると、「負けん気トラック」には獲得できる負けん気の上限が設けられています。基本的にこのゲームはチマチマとした応札が続く展開がよくあるのですが、それがプレイヤーの本音なのかブラフなのかはいささか見えにくいところもあります。ただ、負けん気が上限に達したらここからは落札にかかるぞ、という本気のサインになるので、競りの流れに起承転結が生まれたように感じます。

 あと、一時は獲得できる友達カードに上限が決まっていました。最高で8枚までしか友達カードを獲得できず、落札の結果9枚以上になるようなコースへの入札はできない、というものです。
 これは「メディチ」を意識したルールであると同時に、なかなか友達カードを獲得できないプレイヤーへの救済策でもあったのですが、手札上限があると早起き度の小さな友達カードの有用度が下がり相場が硬直しやすいこと、友達カードの獲得枚数に差がついた方が後半の夏休みフェイズでの戦略に幅が生まれるだろうという考えからこの仕様は削除することになりました。
 1回の競りで獲得できる友達カードの枚数が1枚から3枚なのは結構な幅があるんですが、これも3枚までなら大丈夫だろうと判断したのは「メディチ」由来の感覚でもあります。

 とまあ、こんな感じで色々な検討を重ねた結果、一学期フェイズが完成しました。「競り上げが楽しい競り」というコンセプトを固めたことで追随する様々な仕様も方向性が定まったのだと思います。
 結果的に当初のコンセプトの一つでもある「コンパクトな競りゲー」からは大分離れた歯ごたえのあるゲームになってしまいましたが(30分くらいかなーと思って時間を計ってテストプレイしてみたら60分かかってビックリしたり)それだけに自分のやりたいことをやってやった感はあります。
 まあ、これまでは割とアイディア先行というか、自ら制限を課した中でこれだけやってみました系のゲームを作って来ましたが、今回は必要以上の制限は設けずに自分ができる限りを詰め込んだことでゲーム好きの人に満足して貰えるゲームに仕上がったのではないかと思います。
 テストプレイに付き合って貰った一発命中Pからは「こういうちゃんとしたゲームを作るとは思わなかった」と言われて「失礼ね!」と思ったぼくですが(ボードゲーム数寄語り第100回を参照のこと)、基本的にぼくはユーロ大好きっ子なのです。今回のゲームマーケットにはぼくの見る限りユーロ文脈のゲームは少なくて、まあ、それは以前からその傾向はあったんですけども、最近はそれが加速してる感もあって、果たしてぼくのやってることは時代の逆行なのではなかろうかなー、と危ぶむ気持ちもなくはないんですが、まあ、そうしたゲームを求めている方がいるのであれば手に取って貰えれば幸いです。
 要は「この路線でええんやな!」って手応えがあればこの路線を継続することもできるので。ダメならダメで違う路線も考えなアカンでしょう。まあ、今回はそういう試金石でもあります。一体どうなることやら、楽しみでもあり、不安でもありますね。ゲーム好きの皆様、よろしくお願いします!
posted by 円卓P at 21:15| Comment(0) | 夏休み大作戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

夏休み大作戦製作記録 テーマは夏休みで行きましょう?


 カードの裏面はこんな感じ。コンポーネントもそのうち紹介します。

 「夏休み大作戦」のテーマについて書こうと思いつつ、色々やってたら「どっちの始末Show」も何とか出せる目処がついたのでそれなら両者の話を一緒にしてしまおうと思ったんですが、結局どちらも満遍なく触れようとすると文章量がエラいことになるので当初の予定通り個別に話していこうかと思います。
 ある程度システムが纏まったところで、さてテーマは何を載せるべや、と考えるんですが、ここでの選択基準としては以下のようなものがあるように思います。

・設定に矛盾がないもの
・自分が遊んでみたいと思うもの
・イラストを描いて貰えるもの

 こんな感じでしょうか。
 設定の矛盾はシステムとテーマの矛盾とも言い換えることもできるかと思います。例えば「夏休み大作戦」では競り値を他者に上乗せされた時にリソースがちょびっと貰えるインタラクションがあります。これをフレーバー的にどう表現するかは検討材料の一つになります。
 少なくともプレイヤーは互いに「ヤツのタマァ取っちゃるけん!」という強靭な敵意を持っているワケではないようですし、かと言って全くの協力関係にあるワケでもありません。何か同じ組織に属している同僚同士のように、協力関係と敵対関係の狭間にいるような立ち位置であるべきでしょう。
 また、後半の競りでは「支払いに使うカード」と「購入するカード」の色が合致していればそれらを纏めて獲得できるルールがあります。これもフレーバー的にどう解釈すれば納得しやすいか、という話になります。ちなみに前回書き忘れてたんですがこれはメカニクス的にはスコポーネなんかのカシノ系を意識してます。
 「夏休み大作戦」の元ネタの一つであるフォーセールは家カードを売ってお金カードを得るという仕組みでしたが、こちらでは同じことはできません。家は売ったら手元からなくなってしまうものですが、今回のゲームでは「支払いに使っても手元に残るもの」でなければならないからです。
 となると、それは物理的な交換法則ではなく情緒的なやり取りの方がマッチするのではないか。というところから「友達カード」と「日記カード」が生まれ、全体的な「夏休み」というテーマが導かれたりもしました。
 逆に咀嚼し切れなかった部分が「友達」と「競り」というこの2つのワードの噛み合わなさで、なんというか、この、どうにもブラックな匂いしか感じられない組み合わせをなんとかピュアに纏めたかったなあという気持ちはあるんですが、できませんでした。この辺は修辞的な手腕でどうにかなった部分かもしれません。が、思いつきませんでした。しゃーない。

 自分が遊んでみたいと思うもの。まあ、自分が興味を持たないテーマのゲームをわざわざ作る人はあんまりいないとは思うのでアレなんですけど、これは自分ではなく他人が作ったゲームだと仮定したうえでなお「お、これ遊んでみたいな」と思えるテーマかどうか、という意味合いです。
 ノンテーマのゲームってシステムとちゃんと噛み合うテーマが思いつかないからノンテーマで行こう、みたいな割り切りも時にあるのではないかと思いますが、ぼくはノンテーマのゲームは基本そそられないタイプなので、とにかく何かしらテーマは載せようと思っています。基本的にシステムからゲームを作るのでテーマの設定は難産で毎回毎回グエエエエみたいな感じになってますけども、このゲームの魅力はなんだろう、このゲームで発生するやり取りはどういったものだろう、という骨組みを見直す機会にもなるのでテーマを突き詰めて考えることはシステムの昇華にも繋がるのではないかと思っています。

 イラストを描いて貰えるもの。これは割と現実的な話で、いくらシステムとマッチするステキなテーマを思いついたところでそれを物理的に出力できないのであれば断念せざるを得ない場合もあります。
 例えば三国志のゲームを作ろうと思ったら、まあ、武将のイラストとか欲しいよね、みたいな話になって、じゃあ魅力的なイラストを描ける人(しかもゲームに理解のある人)って誰や…… あ、中道先生とか! なるほど無理だわ! ってなるワケです。(サンゴク2はマジでどうやって通したんですかね……)
 この「無理」というのは予算とか時間とかツテとか色々あって、逆に言えば、「予算の規模が適切で、納期までに描いて貰える余裕のある人で、なおかつ頼める距離感の人」という心当たりがあるかどうか、みたいな話になります。で、もちろん自分が押し出したいカラーにマッチした絵柄が望ましいという話もあります。
 今回の「夏休み大作戦」は、そういう意味で諸条件がストーンと成立する企画だったというのもこのテーマ選択を後押しした大きな理由でもあります。一言で表現すれば「このテーマなら作れる!」ということです。うわー切実。
 イラスト担当のバチさんとは「姫騎士逃ゲテ〜」でコンビを組んだ仲ですが、その時の経験から仕事のスピード感は掴めていました。イラストが最低40点は必要だという試算から手の速さが求められていましたし、イラストレーターに負担をかけるテーマ選択はできないぞ(例えば機械がごっちゃりしてるSFモノとか)という制約もあったので、淡い色彩で描き込みがさほど求められず、最悪「小学生の描いた絵です!」と言い張れる絵日記という設定は何かと都合がよかったのです。
 まあ、実際にバチさんから上がってきたラフは「画力高すぎやろこの小学生!」というもので、「狙ってヘタに描くのも存外難しいし手が掛かる」というのが今回の発見だったんですが。崩しすぎると絵柄としては魅力に欠けるので、小学生の描いた絵日記という意味ではウソ満点なんですが、そこはしゃーないねみたいな。アニメに出てくる女の子はモブまでかわいいみたいなキレイなウソですこれは。

 独立して話す内容でもないので「夏休み大作戦」というタイトルについてもちょっとここで触れておきます。
 ぼくはタイトル決めというやつが大の苦手で、これも相当悩んだんですが、「夏休み」か「絵日記」かどちらかのワードは入れようという考えは当初からありました。夏休みクエストか絵日記ファンタジーか、まあ、そういう感じです。
 でまあ、この2つなら「夏休み」だろうと。その上でタイトルに「大」という言葉を入れたい。大暴走とか大爆笑とか大失敗とか。大きいことはいいことです。
 それで思い出したんですがこのゲームのノリはFCの「爆笑人生劇場」を意識しています。「大爆笑人生劇場」はSFCでしたが。ちなみにぼくは爆笑人生劇場3がシリーズで一番好きです。
 なので日記カードの最高得点である6点のカードは無人島への遭難とか宇宙人との遭遇とかリアルではありえないイベントを用意してるんですよね。こう、ノリとして「懐かしい小学校の頃の夏休みの空気に浸る」というのはちょっとジジくさ過ぎるなと思ってまして、もっとマンガ的な方向性というかリアル系よりスーパー系を目指したかった感じです。よくわかんないですね!

 で、結局「大作戦」にしたのはあずきちゃんの影がよぎって仕方なかったんですがゴロがいいのと非日常的な単語ということで夏休みのイベントっぽさが引き立つのではないかなと感じた次第です。
 何気にググってみたら以前ポケモンで同名のイベントがあったという結果が引っかかって「あ、ポケモンがそうなら方向性間違ってないわ」という結論に至りました。ちなみに最近だとこれが引っかかって「!?」ってなりましたが違いますぼくは無実です!

 ロゴはまあ、誰が見ても明らかな通り西部警察で、それもやはり荒唐無稽感を押し出したかったからです。このロゴも最初は赤字でまんま西部警察だったんですが、デザイン担当の半蔵さんの意見を取り入れて、黄色を入れたり「夏」をデカくしたり「み」を弄ったりして最終形に至ったという感じです。



 この作業は動画を作るツールであるところのAVIUTLの3D出力機能を使うという色々迂回し過ぎな面倒くさい作業だったんですが、あとでIllustratorなら簡単にできるじゃんということに気づきました。まあ、手に馴染んだツールの方が早いから(震え声)

 多分、続きます。次回は前半の競りについて。
posted by 円卓P at 22:35| Comment(0) | 夏休み大作戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

どっちの始末Show製作記録 きゅうり子きゅうり孫きゅうり



 「どっちの始末Show」が企画として動き出したキッカケを調べてみると2月2日のことらしいです。つまりこのゲームは3ヶ月足らずで完成したタイトルということで、このスピード感は「犯人は踊るポーカー」と同じくらい。もっと早いかな。とにかくそういう感じのノリノリで作れたタイトルです。

 で、そもそもどうやってこの企画が始まったかというと、蒼猫の巣ゲームオブザイヤーのトランプ担当(?)であるやまいもさんが作った「Birdhead」というiOSアプリが発端です。

 http://yamaimo.hatenablog.jp/entry/2015/12/10/200000

 この「Birdhead」をリアルで作れないかなー的なことをやまいもさんが呟いてたので、「ほほうでは我が数寄ゲームズが製作をお手伝いいたしましょうか在庫リスクを減じたいということでしたら製造広報販売はこちらが受け持ち売り上げに応じて印税をお支払いする形でどうでしょう」的なことを提案したらやまいもさんにはドン引きされましてw 結局その話はそこで終わったんですけどもw
(ちなみに数寄ゲームズはパブリッシングも手がけたい気持ちはありますので「元手はないけどゲームは作りたいなー」というゲーム製作者の方は気軽にお声がけください)

 で、その折に「Birdhead」の元ネタである「22」というゲームはパブリックドメインのゲームであると。なのでそこから引用しても問題はないのよ、という話を伺って、ふーん、みたいな。まあ、そもそもゲームのルールって著作物としては保護されないのでアレなんですけども。
 とは言え、その時は「Birdhead」そのものを製造するならルールはもう既に固まってるわけだし手間は少ないかな、みたいな考えからやまいもさんには声をかけたのであって、自分で新しくルールを作るという考えはあんまりなかったんですね。
 結果的には「どっちの始末ショー」は「Birdhead」とはまた毛色の異なるゲームとして作られました。「Birdhead」が「22」から切り捨てた部分を戻したりもしてるので全く同じ思想の延長線上にあるゲームではないんですね。そこはぼくの好みが大きく反映されているところです。

 で、ここまで色々なゲーム名が出てきたのでちょっと系譜をおさらいしてみましょう。
 これは先祖から辿っていった方が話がわかりやすいのでそうしますが、この辺のゲームは全部「きゅうり」「キューカンバー」と呼ばれるゲームが元になっています。「きゅうり」の系譜としてはククカードで遊べる「キッレ」、フリードマン・フリーゼが編集してヒットを飛ばした「5本のきゅうり」なんかがあります。
 特徴としては「ノースート」で「最後の1トリックで勝負が決まる」ゲームということです。

 そして「きゅうり」の子孫として「22」があります。「22」は「きゅうり」の子孫と言っても色々な変貌を遂げているゲームでして、その特徴を列挙するのはちょいめんどいです。なので一番特徴的なポイントだけを挙げますが、それは「複数枚リードができる」ということです。
 この複数枚リードという概念はアジアのゲームによく見られるらしく(例えば「打点九」とか)アメリカで誕生した「22」にそれが備わっているのは進化の系譜としてとても興味深いんですが、まあ、ぼくはゲーム研究家ではないのでその辺は深くはツッコみません。とにかく「22」は「きゅうり」に「複数枚リード」が加わったゲームだと考えて貰えばOKだと思います。

 そして「Birdhead」は「22」のさらに子孫のゲームです。その特徴は…… これはやまいもさんのブログを見てくださいw

http://yamaimo.hatenablog.jp/entry/2015/10/06/200000

 やまいもさんのブログには「22」の紹介もありますね。ちなみにリンク先にトランプ大全の書影が載ってますがここには「22」は載ってませんw
 で、「Birdhead」は「22」をゲーム会で遊ぶようにカスタマイズしたゲームだとぼくは捉えています。元々「22」はバーで遊ばれるギャンブルめいたゲームなので、シラフで遊ぶようには作られてないんですねw ペアーズとかククとかそんな感じです。
 それをもっとゲーム会向けに競技的に調整したのが「Birdhead」で、ここに「Birdhead」の独自性があるとぼくは考えます。

 で、「どっちの始末Show」です。「どっちの始末Show」は「Birdhead」の『ゲーム会で遊べる「22」』という思想を受け継ぎつつもルールには「22」や「Birdhead」と大きく違う特徴があります。それが「複数枚リードに対するフォローの縛り」です。
 ここは本当に小さな違いなんですが、でも、重要な部分です。「どっちの始末Show」のアイデンティティはまさにこの違いによって確立されたものと言えるからです。
 詳しく説明しますと、「22」や「Birdhead」では複数枚リードは同値以上のカードでフォローするのですが、フォローするカードはセットでなくても構いません。具体的に言えばリードプレイヤーの7+7という複数枚リードに対して7+7,7+8,8+8,7+10といった様々な形でフォローできるのです。
 それに対して「どっちの始末Show」はリードプレイヤーの7+7という複数枚リードに対して7+7,8+8,10+10と言った同ランクのセットでしかフォローできません。要は大富豪みたいな感じです。
 「どっちの始末Show」は「22」や「Birdhead」よりもフォローの縛りがキツくなっていると言えます。草場さんの言葉を借りれば「トリックテイキングの強度が高い」ゲームということです。

http://kusabazyun.banjoyugi.net/Home/reproductioned/trump/2015advent

 ちなみに草場さんはゲームを分類する基準として強度という言葉を使っているのであって、強度が高い=面白いという意味ではないので誤解のなきよう。

 なぜこのようにルールを変更したかと言えば、これはぼくの好みの話で、縛りがキツい方がゲームとして面白いだろうと感じたからです。この辺どちらが適切なのかをやまいもさんと結構話し合いまして、やまいもさんの推す「22」由来のフォロールールにも実際頷けるところが多かったもので、この選択はとても判断に悩みました。
 まあ、基本的に誰もやったことないものはやらないだけの理由があるもんなんですけどね。四次元殺法コンビもそう言ってますw
 で、その最たる理由が「どっちの始末Show」型のフォロールールはフォローの縛りが強すぎて先手必勝のゲームになってしまうという欠点です。極端な話をすれば初手で6枚出しが飛び出るともうフォローのしようがない。お互いがそうした強力な武器を抱えているものですから軍事大国の核ミサイルの打ち合いみたいなもので先手を取って最大火力を叩き込むだけのゲームになってしまう。それではあまりにも起承転結の妙味がないわけです。
 なので、攻撃力に激しく傾斜したこのゲームを、ゲームとして成立させるためにはゲームの防御力を上げる仕組みを考えなければならなかったんですね。これは難しい問題です。
 ただ、ぼく自身はこの火力溢れるゲーム展開に大きなポテンシャルを感じてもいました。とくに「きゅうり」の系譜では処理しづらい危険牌筆頭のミドルカードが一転最強の武器になりうるのはリスクとリターンの観点から見ても面白いジレンマが成り立つとは思っていましたし、「カードをたくさん揃えて出す」「相手は死ぬ」このわかりやすさはぼくの小5魂がうずくというか単純に爽快感があるんですよ。
 「22」だとカードを揃えて出しても割とフォローされてしまうことが多くて必殺技感が薄いんですw むしろ最初にフォローする人がハイカードを混ぜたりしてえげつない手を打ってくる印象ですね。

 で、解決策は過去の知識にありました。それが「ハーツ」のブレイクの援用です。「ハーツ」はWindowsにもインストールされているゲームなのでトリックテイキングとしては最も有名なゲームの一つではないかと思いますが、このゲームでは失点となるハートやスペードのクイーンは誰かがディスカードしてから初めてリードすることができるようになります。これをブレイクと呼びます。
 「ハーツ」というゲームは全ての失点を集めるとマイナス点がプラス点に逆転するシュートザムーンというルールもあって、失点の押し付け合いが最後までもつれた方が面白いワケです。そのために最初からは失点カードをリードできないブレイクというルールが生まれたんですが、それを「どっちの始末Show」にも組み込んでみたのですね。
 これは正解でした。序盤はお互いの動きを警戒しながら危険牌を捨てる動きになり、ブレイクが起きてからは一転持ちうる最大火力を撃ちあうゲームに変貌する。この静と動の移り変わりはまさにぼくがゲームに求めていた起承転結の姿で、これで概ね「どっちの始末Show」の骨格は完成したと言えます。

 あとは肉付けとして手札のドラフトを入れました。「5本のきゅうり」でも手札格差を吸収するバリアントとしてこうした試みがあったような記憶があるのですが、手札運の強弱はトリックテイキングにつきものなので(手札を配った直後にみんなで「ああ〜」って呻くあの空気、ぼくは好きなんですけど)その辺をちょっとフォローしたいな、というのと、手札を揃えるのが強いゲームなので敢えて危険牌を手札に溜め込んでカウンターを狙うという戦略も成り立つと面白いのではないかなと考えた次第です。
 また、「5本のきゅうり」は「考えどころのない手なりで進むゲーム」と言われがちなゲームでもあります。なのでドラフトをプラスすることで「あなたの選択した手札なんですよ」というプレイヤー意識を強める意図もあります。

 また、このゲームのスコアリングは同ランクの1枚目は0点、2枚目以降からランクに等しい失点という仕組みになっています。1枚目の7は0点。2枚目の7を受け取ったら-7点という勘定です。
 ということは、1枚目の7を受け取ったとして、手札に7があったとしたらそれをドラフトで回してしまえば理屈としてはこのディールではマイナス点を食らわないということになります。
 まあ、左側から7が送られてくるとか、ディールの結果最小のランクが7だった、とかはあるにせよ、手札が物凄く貧弱でも失点回避の小細工を効かせる余地があるわけです。
 つまり、このスコアリングはドラフトの検討材料という役割があるんですね。左隣のプレイヤーは6を1枚失点で食らっているから6を送ってくるんじゃないかとか、右隣のプレイヤーは8を1枚失点で食らってるから8を押し付けてやろうとか、色々考える材料になるワケです。
 ゲームの開始時に最初の失点を1枚配るのもそうした理由です。また、失点を受けていないプレイヤーは失点を受けたプレイヤーに比べて手札の自由度が高く、その格差がさらなる格差を生みやすいということから、最初の1枚が必要だと感じました。
 結果的にスコアリングは若干複雑なルールになったんですが、それ以上にゲームへの貢献が大きいとぼくは考えています。

 こうしたドラフトやスコアリングの設計は「どっちの始末Show」特有の複数枚リードのフォロールールと密接に絡み合っています。当初「Birdhead」との違いは複数枚リードのフォローを厳しくしたという1点だけだったのですが、その1点を最大限活かすためにルールのあちこちにこのゲームならではのユニークさが生まれてきました。
 結果として「どっちの始末Show」は「5本のきゅうり」とも「22」とも「Birdhead」とも異なる魅力を備えたゲームとして仕上がったのではないかと思います。ゲムマ会場に何個持ち込めるかわかりませんが、ぜひこの味わいを体験してみてくださいw

 ※当日、何個持ち込めるかわからないもので春ゲムマでは「どっちの始末Show」の予約は行いません。どうぞご了承下さい。
posted by 円卓P at 20:17| Comment(0) | どっちの始末Show | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする